2026-08

人物

【人物編vol.26】藤原時平――道真を追放した平安朝廷の権力者。39歳で迎えた突然の最期

――「道真を陥れた悪人」の正体は、平安時代を動かした政治家だった菅原道真が大宰府へ左遷された901年。その中心にいた人物が、藤原時平である。 後世の日本史では、「菅原道真を妬み、讒言して追放した男」という印象が強い。道真は大宰府へ送られ、...
人物

【人物編vol.25】菅原道真――右大臣から突然「大宰府送り」へ! 学問の神様の人生を一変させた「昌泰の変」

――学者として頂点へ。そして政治の頂点から、一気に転落した男「学問の神様」と聞けば、菅原道真を思い浮かべる人は多い。受験前に天満宮へ参拝する。梅の花を思い浮かべる。「頭のいい人」「学問の神様」というイメージが、現代の菅原道真には強く結びつ...
人物

【人物編vol.24】藤原基経――「天皇より強い?」朝廷の政務を止めた男、その驚異の権力

平安時代の権力者といえば、藤原道長を思い浮かべる人が多い。しかし、藤原氏が朝廷の政治を主導する仕組みを理解するなら、道長より100年以上前に目を向ける必要がある。その人物が、藤原基経である。承和3年(836)に生まれ、寛平3年(891)に...
戦い・事件

【戦い・事件編】昌泰の変―右大臣・菅原道真は、なぜ一夜で大宰府へ送られたのか

――宇多天皇の側近から「謀反人」へ。平安朝廷を揺るがした菅原道真失脚の真相平安時代の人物で、現代の日本人にも最も名前が知られている政治家の一人がいる。菅原道真。 現在では「学問の神様」として知られる。しかし、生前の道真は単なる学者ではない...
戦い・事件

【戦い・事件編】阿衡の紛議――藤原基経はなぜ宇多天皇の政務を止めたのか?

――陽成天皇の退位から、宇多天皇と藤原基経の対立まで元慶の乱が終わった。出羽で起きた大規模な反乱を朝廷が鎮めたのは、元慶2年(878)。そこからわずか9年。平安京では、今度は朝廷の内部で巨大な政治問題が起こる。戦場はない。軍隊も出ない。そ...
人物

【人物編vol.23】藤原保則――「反乱者の言い分は正しい」朝廷にそう言い切った男

―地方を治め、元慶の乱を鎮め、最後は公卿まで上り詰めた官人の生涯平安時代の政治家と聞くと、藤原北家の権力者や天皇、あるいは菅原道真のような学者を思い浮かべる。しかし、平安国家を実際に動かしていたのは、地方へ赴き、税を集め、治安を守り、農業を...
戦い・事件

【戦い・事件編】元慶の乱―蝦夷征討から約70年、なぜ秋田城は再び炎上したのか

――坂上田村麻呂の時代に終わったはずの戦いが、なぜ再び始まったのか坂上田村麻呂が蝦夷征討を進め、胆沢城が築かれ、阿弖流為が降伏した。そして弘仁2年(811)には、文室綿麻呂が爾薩体・幣伊方面を征討した。朝廷による東北支配は大きく前進した。と...
人物

【人物編 Vol.21】道鏡――孝謙上皇の看病から法王へ、宇佐八幡宮神託事件と失脚

宝亀元年(770)8月21日。一人の僧が、平城京を離れることになった。道鏡。わずか4年前には「法王」となり、天皇に準じる特別な待遇を受けていた人物である。しかし8月4日に称徳天皇が亡くなると、その政治的地位は急速に失われた。道鏡は造下野国薬...
人物

【人物編 Vol.22】和気清麻呂――道鏡と宇佐八幡宮神託事件、平安京遷都まで

神護景雲3年(769)。宇佐八幡宮から都へ戻った一人の官人が、皇位継承に関わる神託を朝廷へ奏上した。和気清麻呂。大宰府から先に伝えられていたのは、法王・道鏡を皇位につければ天下が太平になるという内容だった。しかし清麻呂が宇佐から持ち帰った神...
戦い・事件

【戦い・事件編】賤ヶ岳の戦い・後編――大勝利から一転、敗北へ。柴田勝家の命運を分けたものとは

天正11年(1583)4月。近江北部で羽柴秀吉と柴田勝家が対峙していた。余呉湖周辺には両軍の陣城が並び、戦場は山々と街道を利用した広大な陣地戦となっていた。この均衡を破ったのが、柴田勝家の重臣・佐久間盛政だった。1.秀吉が美濃へ向かった隙4...
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