2026-08

人物

【人物編Vol.31】小野好古――大宰府を奪った藤原純友を追撃!「海賊の大反乱」を終わらせた男の正体

――「純友を討った武将」は、その後どうなったのか天慶4年(941)5月20日。筑前国博多津。瀬戸内海を荒らし、大宰府まで攻め落とした藤原純友の軍勢が、朝廷軍と激突した。朝廷側の中心にいたのが、小野好古だった。好古は陸路から博多津へ進み、藤...
人物

【人物編Vol.30】藤原純友――「海賊を討て」と命じられた男が、海賊を率いて朝廷に反旗! 最後に待っていた悲惨な結末

――藤原氏に生まれた男が、瀬戸内海を支配するまで平安時代の日本で、朝廷を本気で震え上がらせた男がいる。藤原純友。藤原氏の一族に生まれた。朝廷の官人として伊予国へ赴任した。やがて瀬戸内海の海上勢力と深く結びつき、朝廷から追捕の対象とされる...
人物

【人物編 vol.29】平貞盛――父を殺され、将門に追われた男。その血筋は180年後、平清盛へつながる

――「将門討伐の英雄」になるまで、貞盛は何度も敗れていた平将門の乱を語るとき、どうしても平将門の強烈な人物像に目が向く。平将門の乱そのものの経過は、こちらの記事で詳しく解説しています。「新皇」を名乗り、坂東を席巻した男。その将門を最後に...
人物

【人物編 vol.28】平国香――平将門の叔父、なぜ一族は殺し合ったのか。常陸に勢力を築いた平氏の男、その最期

――平将門の乱は、935年の一族抗争から始まった平将門の乱というと、940年に平将門が「新皇」を名乗り、坂東諸国を制圧した場面が注目される。平将門の乱そのものの経過は、こちらの記事で詳しく解説しています。しかし、将門が朝廷に反旗を翻すま...
戦い・事件

【戦い・事件編】藤原純友の乱(後編)――大宰府を襲った藤原純友はなぜ敗れたのか? 博多津の決戦と最期

天慶4年(941)5月。藤原純友の軍勢が、九州の政治・外交・防衛を担う大宰府へ攻め込んだ。政庁や周辺の役所は火災に見舞われ、財物が奪われる。現在の大宰府跡では、第Ⅱ期政庁を覆う火災の痕跡が確認されており、941年の藤原純友の乱による焼失と考...
戦い・事件

【戦い・事件編】藤原純友の乱(前編)――なぜ藤原純友は朝廷に反乱したのか? 海賊追捕から939年の蜂起へ

天慶2年(939)12月26日。摂津国須岐駅付近で、備前介・藤原子高の一行が襲撃された。襲ったのは、藤原純友と結んだ藤原文元らだった。子高は捕らえられ、その子も殺害されたと伝えられる。須岐駅は現在の兵庫県西宮市付近に比定される。伊予を拠点と...
人物

【人物編 vol.28】平将門――なぜ平氏は関東で力を持ったのか?「新皇」となった男、その血筋と東国の秘密

平将門。「新皇」を名乗り、坂東を揺るがし、最後は940年2月14日に討ち取られた男だ。平将門の乱を知ると、平将門の乱そのものの経過は、こちらの記事で詳しく解説しています。「関東で力を持った平将門が、朝廷に反旗を翻した」という姿が浮かぶ。し...
戦い・事件

【戦い・事件編】平将門の乱(後編)――「新皇」平将門はなぜ敗れたのか? 藤原秀郷・平貞盛との最後の戦い

天慶3年(940)2月14日。下総国幸島郡の北山で、平将門は最後の戦いに臨んだ。将門のもとに集まった兵は400余人。迎え撃つのは、藤原秀郷・平貞盛・藤原為憲らの軍勢だった。激しい風が吹き荒れるなか、将門軍は騎馬で攻め込み、追討軍を崩した。『...
戦い・事件

【戦い・事件編】平将門の乱(前編)――反乱の原因とは? 935年の一族争いから常陸国府襲撃へ

天慶2年(939)11月21日。平将門は千余の兵を率い、常陸国府へ進んだ。迎え撃った常陸国府側の兵は、『将門記』によれば3,000人。兵数では国府側が上回っていた。戦いは将門軍の勝利に終わる。常陸介・藤原維幾は捕らえられ、将門は国司の支配を...
人物

【人物編vol.27】藤原忠平――兄の死で人生が激変。朝廷の頂点に立った男と、反乱者・平将門の因縁

――兄・時平が死んだ。その後、朝廷の頂点に立ったのは弟だった909年、平安朝廷を揺るがした一人の政治家が死んだ。藤原時平。菅原道真を大宰府へ左遷した昌泰の変の中心人物であり、醍醐天皇のもとで朝廷政治を主導した男だった。39歳。あまりにも早...
タイトルとURLをコピーしました