2026-10

人物

【人物編Vol.85】平貞能――都落ちの日に重盛の墓を掘り返した男、平家滅亡後に救われた清盛の腹心

寿永2年(1183年)7月25日。平氏一門が京都を離れ、西国へ向かっていた。木曾義仲の軍勢は都へ迫り、後白河法皇もすでに脱出している。平宗盛は安徳天皇と三種の神器を伴い、都落ちを決行した。その行列に、五百余騎を率いた一人の武将が出会った。肥...
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【人物編Vol.84】平忠房――湯浅で八度の攻撃を退け、父・重盛の恩を信じて斬られた公達

文治元年(1185年)、紀伊国湯浅。山上の城を、熊野の軍勢が取り囲んでいた。城内には、平氏の生き残りが立て籠もっている。中心にいたのは、丹後侍従・平忠房。平清盛の孫であり、内大臣・平重盛の息子だった。同年3月24日、壇ノ浦で平氏は敗れた。安...
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【人物編Vol.83】平師盛――三草山で兄弟とはぐれ、一ノ谷で迎えた最期

寿永3年(1184年)2月7日、摂津国一ノ谷。海辺では、敗れた平氏の武士たちが船へ乗り込もうとしていた。東の生田森も西の一ノ谷も、源氏軍の攻撃を受けている。山側の陣地まで破られ、平氏の軍勢は次々に海へ逃れていた。その中に、備中守・平師盛がい...
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【人物編Vol.82】平有盛――三草山で弟と別れ、壇ノ浦で兄と手を取り海へ沈んだ重盛の四男

寿永3年(1184年)2月、三草山。夜半、山の麓に鬨の声が響いた。平氏の陣に、源義経の軍勢が襲いかかってきたのである。『平家物語』巻第九「三草合戦」によれば、平氏の兵たちは翌朝の戦いに備え、眠っていた。先陣は警戒していたものの、後陣では兜や...
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【人物編Vol.81】平清経――父の旧家人に大宰府を追われ、月夜の柳ヶ浦で横笛を吹いて海へ

寿永2年(1183年)秋、豊前国柳ヶ浦。月の出た夜だった。海上には、平氏一門を乗せた船が浮かんでいた。7月に京都を離れ、安徳天皇を奉じて九州まで下ってきたものの、大宰府にも居場所を失っていた。豊後国の緒方惟義が、平氏追討の軍勢を率いて迫って...
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【人物編Vol.80】平資盛――「どの浦からも文は出さぬ」、恋人に最後の歌を残して壇ノ浦へ

寿永2年(1183年)7月、京都。平資盛は、長く親しくしてきた女性と人目を忍んで会っていた。相手は建礼門院右京大夫。平清盛の娘・徳子に仕え、和歌や音楽に親しんだ宮廷の女房だった。資盛は平重盛の次男。清盛の孫であり、この年7月には従三位に昇っ...
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【人物編Vol.79】平頼盛――都落ちから引き返した清盛の弟、母が救った源頼朝を頼って鎌倉へ

元暦元年(1184年)6月1日、鎌倉。源頼朝は、京都へ帰ろうとしていた平頼盛のために送別の宴を開いた。『吾妻鏡』によれば、小山朝政、三浦義澄、畠山重忠ら有力御家人が集まり、酒が振る舞われた。宴が進むと、頼朝は頼盛へ餞別を贈った。金作りの剣一...
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【人物編Vol.78】平時忠――「平家にあらずんば」の大納言、義経を娘婿に迎えて能登へ流された男

寿永2年(1183年)7月25日、京都。木曾義仲の軍勢が迫るなか、平時忠は宮中へ駆けつけた。安徳天皇は都を離れようとしていた。後白河法皇はすでに比叡山へ逃れている。平宗盛ら一門も、西国へ向かう準備を急いでいた。時忠が取り仕切ったのは、神鏡と...
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【人物編Vol.77】平維盛――富士川・倶利伽羅で敗れた清盛の孫、妻子を残して那智の海へ

寿永2年(1183年)7月25日、京都。平維盛は鎧を着け、馬に乗ろうとしていた。木曾義仲の軍勢が都へ迫り、平氏一門は安徳天皇を奉じて西国へ向かうことになった。維盛も出発しなければならない。ところが、数え10歳の息子・六代と8歳の娘が父のもと...
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【人物編Vol.76】平宗盛――壇ノ浦で生け捕られた平家の棟梁、息子・清宗と近江で迎えた最期

元暦2年(1185年)6月21日、近江国篠原宿。源義経に護送されていた平宗盛は、ここで命を奪われた。『吾妻鏡』によれば、処刑したのは義経の配下、橘公長だった。一行はさらに街道を進み、野路口で宗盛の嫡男・清宗も処刑された。清宗を斬ったのは堀景...
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