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【人物編Vol.41】源頼義――7騎まで追い詰められても戦いをやめなかった河内源氏の武将

1057年――源頼義、残ったのは7騎天喜5年(1057)11月。雪の奥州で、源頼義は死の瀬戸際にいた。安倍貞任を討つために北上した頼義軍は、黄海で崩壊した。『陸奥話記』によれば、頼義の馬は矢を受けて倒れ、息子・義家の馬まで失われた。最後に...
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【人物編Vol.40】安倍頼時――息子を差し出すことを拒んだ奥六郡の支配者

1056年――頼時は、息子を渡さなかった天喜4年(1056)。源頼義は安倍頼時に、一つの要求を突きつけた。「貞任を差し出せ」頼時の嫡男・安倍貞任に、頼義方の陣営を襲った疑いがかけられたのである。頼時は拒んだ。『陸奥話記』は、そのときの頼...
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【人物編 Vol.39】源頼光――酒呑童子、四天王、金太郎――すべてが集まった「鬼退治の総大将」

平安時代の武将、源頼光(みなもとのよりみつ)。後世では「らいこう」の名でも知られる。大江山で酒呑童子を討ち、渡辺綱、坂田金時、碓井貞光、卜部季武という「頼光四天王」を従える。さらには土蜘蛛まで退治する。後世の頼光は、まさに鬼退治の英雄であ...
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【人物編 Vol.38】源頼信――3年続いた反乱を戦わず終わらせた、河内源氏最初の大物

長元4年(1031)。房総で約3年にわたって朝廷の追討軍に抗していた平忠常が、一人の武将のもとへ自らやって来た。その男が、源頼信(みなもとのよりのぶ)である。忠常はすでに出家していた。子息2人と郎党3人を連れ、甲斐守として東国にいた頼...
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【人物編 Vol.37】平直方――平忠常を倒せなかった追討使と、河内源氏へ渡った「鎌倉」

長元元年(1028)。房総で平忠常の乱が起こると、朝廷は追討使の人選に入った。候補には源頼信、平正輔、平直方、中原成通らが並ぶ。右大臣・藤原実資は源頼信を推した。それに対して関白・藤原頼通が推したのが、平直方(たいらのなおかた)である...
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【人物編 Vol.36】平忠常――房総を動かし、朝廷軍に3年抗った坂東の大武者

長元元年(1028)、房総で一人の武士が朝廷の追討対象となった。平忠常(たいらのただつね)である。忠常は上総・下総に広大な勢力を築き、国司の命令さえ簡単には通らないほどの力を持っていた。安房国守が焼死し、上総国府が制圧されると、朝廷は...
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【人物編 Vol.35】藤原隆家――花山法皇襲撃で失脚し、刀伊の入寇で九州を守った「闘う貴族」

平安貴族と聞いて、どんな姿を思い浮かべるだろう。華やかな装束をまとい、和歌を詠み、宮中で出世を競う男たち。藤原隆家も、その世界の頂点に近い家に生まれた男である。父は関白・藤原道隆。母は漢詩にも通じた才女として知られる高階貴子。姉は一条天...
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【人物編Vol.34】源満仲――「謀反」を密告し左大臣を消した男。なぜ清和源氏はここから強くなったのか

父は源経基。満仲が生まれた時代源満仲は、延喜12年(912)4月10日に生まれたとされる。父は源経基。清和天皇の皇子・貞純親王の子にあたる人物で、臣籍に下って源氏となった清和源氏の一人である。満仲はその経基の子として生まれた。この時代、京...
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【人物編Vol.33】藤原秀郷――朝廷に追われた男が、最後は平将門の首を取った

「将門を討った男」の前半生は、意外なほど謎に包まれている平安時代の東国を語るとき、藤原秀郷の名前は外せない。平将門を討った武将。後世には「俵藤太」の名前で知られ、三上山の大百足を退治した英雄。さらに、その子孫から小山氏、佐野氏、長沼氏など...
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【人物編Vol.32】源経基――「将門謀反」を朝廷に知らせた男。清和源氏の祖、その波乱の生涯

皇族の血を引く「六孫王」平安時代中期。京都の朝廷で生きる男の中に、一人の皇族の子孫がいた。源経基。父は清和天皇の第六皇子、貞純親王。そのため経基は、後世に「六孫王」と呼ばれる。生年は確定していない。『尊卑分脈』は延喜17年(917)生まれ...
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