2026-10

人物

【人物編Vol.69】平通盛――一ノ谷の前夜、身重の妻と別れ湊川で討たれた越前三位

寿永3年(1184年)2月7日、摂津国の一ノ谷で平家軍が敗れた。源氏軍は東西と山側から攻撃を仕掛け、平家の防衛線を次々に突破していく。福原の山手を守っていた平通盛も、敗走する軍勢の中にいた。『平家物語』によれば、通盛は湊川の下流で七騎の敵に...
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【人物編Vol.68】平忠度――都落ちの途中、俊成へ託した百首の歌と一ノ谷の最期

寿永2年(1183年)7月、平家一門は京都を離れ、西国へ向かっていた。北陸で木曾義仲に大敗し、都を守るだけの軍勢を失った平家は、安徳天皇と三種の神器を伴って落ち延びることになった。その途中、一人の武将が馬を引き返したという。薩摩守・平忠度。...
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【人物編Vol.67】熊谷直実――敦盛を討った坂東武者、頼朝の御前で訴状を投げる

建久3年(1192年)11月25日、鎌倉の源頼朝の御前で、一人の武士が怒りを爆発させた。熊谷次郎直実。源頼朝の挙兵に従い、佐竹氏追討や一ノ谷の戦いで軍功を挙げた武蔵国の武士である。この日、直実は武蔵国熊谷郷の土地をめぐり、久下直光と争ってい...
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【人物編Vol.66】平敦盛――沖の船を前に引き返した若武者、須磨の浜に残された一本の笛

寿永3年(1184年)2月7日、摂津国の一ノ谷で平家軍が敗れた。海岸には源氏の武士たちが迫り、平家一門の人々は沖に浮かぶ船へ逃れようとしていた。そのなかに、一騎の若武者がいた。鶴の模様を縫い取った直垂に萌黄匂の鎧。鍬形のついた兜をかぶり、連...
人物

【人物編Vol.65】平重衡――東大寺を焼いた清盛の五男、木津川で迎えた最期

元暦2年(1185年)6月23日、山城国の木津川河畔に、一人の武将が連れてこられた。平重衡。平清盛の五男である。『平家物語』によれば、重衡は処刑を前にして、阿弥陀如来の像を拝みたいと願った。その場に駆けつけた旧臣が仏像を用意すると、重衡は仏...
戦い・事件

【戦い・事件編】一ノ谷の戦い――源義経の坂落としと、平家一門が失った福原

寿永3年(1184年)2月7日、摂津国の福原周辺に源氏の軍勢が迫っていた。『吾妻鏡』によれば、その日は雪が降っていたという。東の生田の森には源範頼の軍勢が押し寄せ、西の一ノ谷では熊谷直実や平山季重らが先陣を争っていた。さらに北方の山中には、...
戦い・事件

【戦い・事件編】三草山の戦い――燃える小野原を越えた源義経、平家の陣を夜襲

寿永3年(1184年)2月、源義経の軍勢が丹波路を進んでいた。目指すのは、平家一門が軍勢を集める摂津国の福原。その手前にある三草山では、平資盛・平有盛らが率いる平家軍が源氏の進撃を阻もうとしていた。『平家物語』によれば、両軍が向き合ったのは...
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【人物編Vol.64】源行家――以仁王の令旨を運び、頼朝に追われた武将

治承4年(1180年)4月27日。伊豆国の北条館に、一人の男が現れた。新宮十郎行家。源頼朝の叔父にあたる人物だった。行家が携えてきたのは、後白河法皇の皇子・以仁王が諸国の源氏へ平家追討を呼びかけた令旨である。『吾妻鏡』によれば、頼朝はその令...
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【人物編Vol.63】樋口兼光――木曾義仲の首に付き従った男の最期

寿永3年(1184年)1月。木曾義仲の首が京都の大路を運ばれたとき、その後を歩く武将がいた。樋口次郎兼光である。兼光は義仲の重臣で、今井兼平の兄だった。主君とともに信濃から京都へ進み、平家との戦いを重ねてきたが、義仲が近江国粟津で討死したと...
人物

【人物編Vol.62】巴御前――粟津で義仲と別れた女武者の行方

寿永3年(1184年)1月。近江国粟津で、木曾義仲は最期の時を迎えようとしていた。前年には北陸の平家軍を破り、京都へ進軍した義仲だったが、源頼朝が送り込んだ軍勢との戦いに敗れ、今や数騎の従者とともに追われていた。『平家物語』によれば、その中...
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