2026-10

人物

【人物編Vol.75】平知盛――一ノ谷で息子を失った清盛の四男、壇ノ浦で「見るべきほどの事は見つ」

第149回寿永3年(1184年)2月7日、摂津国一ノ谷。平家の軍勢は崩れ、海岸へ逃げる武士たちを源氏の騎馬武者が追っていた。生田の森を守っていた平知盛も、その中にいた。平清盛の四男。従二位・権中納言にまで昇った、平家一門の有力武将である。し...
人物

【人物編Vol.74】平教経――一ノ谷で戦死したはずの猛将、壇ノ浦で源義経を追う

第148回寿永3年(1184年)2月13日、京都。源義経の宿所に、平家一門の首が集められていた。平通盛、平忠度、平経正、平敦盛。六日前の一ノ谷の戦いで討ち取られた武将たちである。首は六条室町にあった義経の宿所から八条河原へ運ばれ、それぞれの...
戦い・事件

【戦い・事件編】壇ノ浦の戦い――数え八歳の安徳天皇が海へ、平家一門最後の決戦

第147回元暦2年(1185年)3月24日、長門国壇ノ浦。関門海峡に集まった源平両軍の船から、激しく矢が放たれていた。平家の船には赤旗がひるがえり、源氏の船には白旗が並ぶ。『吾妻鏡』によれば、源氏方は840余艘、平家方は500余艘の兵船を集...
人物

【人物編Vol.73】那須与一――屋島で扇を射落とした若武者、二本目の矢は舞う男へ

第146回元暦2年(1185年)2月、讃岐国屋島。沖に浮かぶ平家の船から、一人の男が姿を現した。年のころは五十歳ほど。黒革威の鎧を着け、白柄の長刀を手にしていたという。男は船の端に立つと、舞を舞い始めた。その少し前、源氏方の若武者が放った一...
人物

【人物編Vol.72】佐藤継信――屋島で義経の前に倒れた兄、なお戦い続けた弟・忠信

第145回元暦2年(1185年)2月19日、讃岐国屋島。海に浮かぶ平家の船から、源氏の騎馬武者へ矢が降り注いでいた。屋島の内裏はすでに焼かれ、安徳天皇を奉じる平家一門は船上へ退いていた。しかし、義経が率いる軍勢は少ない。そう知った平家方は再...
戦い・事件

【戦い・事件編】屋島の戦い――源義経、嵐の海を越えて平家の本陣を急襲する

第144回元暦2年(1185年)2月19日、讃岐国屋島。安徳天皇を奉じる平家一門のもとへ、源義経の軍勢が迫っていた。屋島の対岸にある牟礼と高松の民家から、次々に火の手が上がった。『吾妻鏡』によれば、義経は前日の早朝に阿波国へ上陸し、その日の...
戦い・事件

【戦い・事件編】葦屋浦の戦い――鎧を手放して船を買った下河辺行平、原田種直との九州攻防

第143回元暦2年(1185年)2月1日、葦屋浦。九州へ進んだ源範頼の軍勢が、平家方の武士たちと衝突した。源氏方の先陣には北条小四郎義時、下河辺庄司行平、渋谷庄司重国、品河三郎らがいた。迎え撃ったのは、大宰少弐原田種直と、その子の賀摩兵衛尉...
戦い・事件

【戦い・事件編】藤戸の戦い――海を渡った佐々木盛綱、浅瀬を教えた漁師の死

第142回元暦元年(1184年)、備前国の藤戸。海を挟んで、源氏と平家の軍勢が向かい合っていた。現在の岡山県倉敷市にあたるこの一帯は、当時、海が深く入り込んだ場所だった。児島はまだ本州と陸続きになっておらず、両軍の間には藤戸の海峡が横たわっ...
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【人物編Vol.71】平知章――父・知盛を逃がした十六歳、一ノ谷での最期

第141回寿永3年(1184年)2月7日、摂津国の一ノ谷。生田の森を守っていた平家軍は、源氏方の攻撃を受けて敗走していた。大将の平知盛も軍勢を失い、わずか三騎で海岸へ向かっていた。知盛は平清盛の子で、平家一門の軍事を支えてきた有力な武将であ...
人物

【人物編Vol.70】平経正――都落ちの日、仁和寺へ返した琵琶「青山」と一ノ谷の最期

寿永2年(1183年)7月、平家一門は京都を離れ、西国へ向かっていた。木曾義仲の軍勢が迫り、都を守り続けることが難しくなった平家は、安徳天皇と三種の神器を伴って落ち延びることになった。その途中、一人の武将が仁和寺へ向かったという。平経正。平...
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