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⚔️ 戦いで読み解く日本史|シリーズ一覧
「日本史は難しい」を、「日本史って面白い!」へ。
このシリーズでは、人物・戦い・事件を時系列でわかりやすく解説しています。
気になる時代から読むのも、最初から順番に読むのもおすすめです。
📖 全記事一覧(読む順)
- 第0回 このブログをはじめるにあたって
- 【戦い・事件編】磐井の乱――筑紫君磐井はなぜヤマト王権と戦ったのか?
- 【戦い・事件編】丁未の乱――蘇我馬子と物部守屋、最後の決戦
- 【人物編Vol.1】筑紫君磐井――北部九州最大の古墳を築き、ヤマト王権と戦った男
- 【人物編Vol.2】物部麁鹿火――継体天皇を支え、筑紫君磐井を討った大連
- 【戦い・事件編】崇峻天皇暗殺――蘇我馬子、天皇を殺す
- 【戦い・事件編】山背大兄王襲撃――蘇我入鹿はなぜ聖徳太子の一族を滅ぼしたのか?
- 【戦い・事件編】乙巳の変――中大兄皇子はなぜ蘇我入鹿を殺したのか?
- 【戦い・事件編】古人大兄皇子――乙巳の変後、なぜ中大兄皇子に討たれたのか
- 【戦い・事件編】白村江の戦い――なぜ日本は戦ったのか?
- 【戦い・事件編】白村江の敗戦後――天智天皇の防衛網と、壬申の乱への道
- 【人物編 Vol.3】蘇我馬子――なぜ崇峻天皇を暗殺できたのか? 聖徳太子と飛鳥時代を動かした男
- 【戦い・事件編】壬申の乱(前編)――大海人皇子はなぜ吉野を脱出し、不破を押さえたのか?
- 【人物編 Vol.4】崇峻天皇――なぜ蘇我馬子に暗殺されたのか? 臣下に殺された第32代天皇
- 【戦い・事件編】壬申の乱(後編)――大和・近江の激戦、最後の瀬田橋へ
- 【戦い・事件編】隼人の反乱――大伴旅人が率いた南九州征討、「斬首・捕虜1400余人」
- 【人物編 Vol.5】聖徳太子(厩戸皇子)――推古天皇・蘇我馬子と築いた飛鳥時代の政治
- 【人物編 Vol.6】山背大兄王――なぜ蘇我入鹿に滅ぼされたのか? 聖徳太子の一族、最後の日
- 【人物編 Vol.7】蘇我蝦夷――蘇我馬子の権力を継いだ男、乙巳の変で自害
- 【人物編 Vol.8】蘇我入鹿――山背大兄王を滅ぼした男は、なぜ乙巳の変で殺されたのか
- 【人物編 Vol.9】蘇我倉山田石川麻呂――蘇我入鹿を乙巳の変で倒した右大臣は、なぜ4年後に自害したのか
- 【人物編 Vol.10】中臣鎌足(藤原鎌足)――中大兄皇子と乙巳の変を起こし、藤原氏の祖となった男
- 【人物編 Vol.11】中大兄皇子(天智天皇)――蘇我入鹿を討った皇子は、なぜ23年後に即位したのか
- 【人物編 Vol.12】大伴旅人――隼人征討から「令和」の典拠・梅花の宴へ
- 【戦い・事件編】阿倍比羅夫の蝦夷遠征――658年、180艘の船団はなぜ北へ向かったのか
- 【戦い・事件編】蝦夷征伐②――阿弖流為と坂上田村麻呂、774年から811年の三十八年戦争
- 【人物編 Vol.13】坂上田村麻呂――阿弖流為の降伏と胆沢城、征夷大将軍から薬子の変まで
- 【人物編 vol.14】阿弖流為とは何者か――巣伏の戦いで朝廷軍を破った蝦夷の首長
- 【戦い・事件編】藤原種継暗殺事件――長岡京を揺るがした785年の政変と早良親王
- 【人物編 Vol.15】桓武天皇――長岡京・平安京遷都と蝦夷征討、805年の徳政相論
- 【戦い・事件編】薬子の変――平城上皇と嵯峨天皇、兄弟が争った810年の政変
- 【人物編 vol.17】嵯峨天皇とは何をした天皇か――薬子の変と平安朝廷を変えた政治改革
- 【人物編 vol.16】藤原薬子とは何者か――平城上皇を支え、薬子の変で命を絶った尚侍
- 【戦い・事件編】承和の変から応天門の変へ――平安朝廷を変えた二つの政変
- 【人物編Vol.18】藤原良房――臣下初の摂政、藤原北家の権力を築いた男
- 【人物編 Vol.20】吉備真備――18年の唐留学から藤原仲麻呂の乱、右大臣まで
- 【戦い・事件編】橘奈良麻呂の変――藤原仲麻呂打倒計画はなぜ実行前に潰れたのか、757年の密告と一斉逮捕
- 【人物編 Vol.19】藤原仲麻呂(恵美押勝)――光明皇太后の信任から淳仁天皇、764年の最期まで
- 【戦い・事件編】藤原広嗣の乱――なぜ藤原広嗣は1万余の兵を率いて朝廷に反乱したのか? 740年、板櫃川の戦い
- 【戦い・事件編】なぜ最高権力者・藤原仲麻呂は8日で敗れたのか?――恵美押勝の乱と764年の政変
- 【戦い・事件編】宇佐八幡宮神託事件――道鏡はなぜ天皇になれなかったのか? 769年、和気清麻呂が持ち帰った神託
- 【戦い・事件編】賤ヶ岳の戦い(前編)――勝敗を分けたのは「冬」だった。秀吉が先に動いた理由
- 【戦い・事件編】賤ヶ岳の戦い・後編――大勝利から一転、敗北へ。柴田勝家の命運を分けたものとは
- 【人物編 Vol.22】和気清麻呂――道鏡と宇佐八幡宮神託事件、平安京遷都まで
- 【人物編 Vol.21】道鏡――孝謙上皇の看病から法王へ、宇佐八幡宮神託事件と失脚
- 【戦い・事件編】元慶の乱―蝦夷征討から約70年、なぜ秋田城は再び炎上したのか
- 【人物編vol.23】藤原保則――「反乱者の言い分は正しい」朝廷にそう言い切った男
- 【戦い・事件編】阿衡の紛議――藤原基経はなぜ宇多天皇の政務を止めたのか?
- 【戦い・事件編】昌泰の変―右大臣・菅原道真は、なぜ一夜で大宰府へ送られたのか
- 【人物編vol.24】藤原基経――「天皇より強い?」朝廷の政務を止めた男、その驚異の権力
- 【人物編vol.25】菅原道真――右大臣から突然「大宰府送り」へ! 学問の神様の人生を一変させた「昌泰の変」
- 【人物編vol.26】藤原時平――道真を追放した平安朝廷の権力者。39歳で迎えた突然の最期
- 【人物編vol.27】藤原忠平――兄の死で人生が激変。朝廷の頂点に立った男と、反乱者・平将門の因縁
- 【戦い・事件編】平将門の乱(前編)――反乱の原因とは? 935年の一族争いから常陸国府襲撃へ
- 【戦い・事件編】平将門の乱(後編)――「新皇」平将門はなぜ敗れたのか? 藤原秀郷・平貞盛との最後の戦い
- 【人物編 vol.28】平将門――なぜ平氏は関東で力を持ったのか?「新皇」となった男、その血筋と東国の秘密
- 【戦い・事件編】藤原純友の乱(前編)――なぜ藤原純友は朝廷に反乱したのか? 海賊追捕から939年の蜂起へ
- 【戦い・事件編】藤原純友の乱(後編)――大宰府を襲った藤原純友はなぜ敗れたのか? 博多津の決戦と最期
- 【人物編 vol.28】平国香――平将門の叔父、なぜ一族は殺し合ったのか。常陸に勢力を築いた平氏の男、その最期
- 【人物編 vol.29】平貞盛――父を殺され、将門に追われた男。その血筋は180年後、平清盛へつながる
- 【人物編Vol.30】藤原純友――「海賊を討て」と命じられた男が、海賊を率いて朝廷に反旗! 最後に待っていた悲惨な結末
- 【人物編Vol.31】小野好古――大宰府を奪った藤原純友を追撃!「海賊の大反乱」を終わらせた男の正体
- 【人物編Vol.32】源経基――「将門謀反」を朝廷に知らせた男。清和源氏の祖、その波乱の生涯
- 【人物編Vol.33】藤原秀郷――朝廷に追われた男が、最後は平将門の首を取った
- 【戦い・事件編】安和の変――源満仲の密告で、左大臣・源高明はなぜ失脚したのか
- 【人物編Vol.34】源満仲――「謀反」を密告し左大臣を消した男。なぜ清和源氏はここから強くなったのか
- 【戦い・事件編】尾張国郡司百姓等解文――31か条の告発が追い詰めた国司・藤原元命
- 【戦い・事件編】平維衡・平致頼の争い――「武士の時代」はここから始まったのか? 平清盛へつながる平氏の内紛
- 【戦い・事件編】刀伊の入寇――1019年、日本が襲われた。対馬・壱岐を蹂躙した50余隻の船団
- 【人物編 Vol.35】藤原隆家――花山法皇襲撃で失脚し、刀伊の入寇で九州を守った「闘う貴族」
- 【戦い・事件編】花山法皇襲撃事件――元天皇を襲撃。中関白家を転落させた「長徳の変」の発火点
- 【戦い・事件編】平忠常の乱――朝廷軍が3年苦戦した房総の大反乱と、源頼信の台頭
- 【人物編 Vol.36】平忠常――房総を動かし、朝廷軍に3年抗った坂東の大武者
- 【人物編 Vol.37】平直方――平忠常を倒せなかった追討使と、河内源氏へ渡った「鎌倉」
- 【人物編 Vol.38】源頼信――3年続いた反乱を戦わず終わらせた、河内源氏最初の大物
- 【人物編 Vol.39】源頼光――酒呑童子、四天王、金太郎――すべてが集まった「鬼退治の総大将」
- 【戦い・事件編】前九年の役・前編――なぜ安倍頼時は源頼義と戦ったのか? 奥六郡の支配者、その最期
- 【戦い・事件編】前九年の役・後編――源頼義はなぜ壊滅寸前から安倍氏を滅ぼせたのか? 黄海から厨川柵へ
- 【人物編Vol.40】安倍頼時――息子を差し出すことを拒んだ奥六郡の支配者
- 【人物編Vol.41】源頼義――7騎まで追い詰められても戦いをやめなかった河内源氏の武将
- 【戦い・事件編】延久蝦夷合戦――源頼俊と清原氏はなぜ北奥州へ進軍したのか?
- 【人物編Vol.42】清原武則――1万余の兵を率い、前九年の役を終わらせた出羽の実力者
- 【戦い・事件編】後三年合戦――前九年の役の勝者・清原氏は、なぜ内側から滅びたのか
- 【人物編Vol.43】藤原清衡――父を殺され、妻子を失った男が「黄金の平泉」を築くまで
- 【戦い・事件編】北庄城の戦い――「もう勝てない」柴田勝家は、なぜ北庄城に残ったのか?
- 【人物編Vol.44】源義家――なぜ東国武士は、朝廷より「八幡太郎」を選んだのか
- 【戦い・事件編】源義親の乱――英雄・源義家の息子が朝敵へ転落した日
- 【人物編Vol.45】源義親――父は源義家、息子は為義――源氏の名門に生まれた「問題児」
- 【人物編Vol.46】平正盛――源義家の息子を討ち、平氏台頭の道を開いた男
- 【戦い・事件編】源義忠暗殺事件――源氏の棟梁を殺したのは誰だったのか? 河内源氏を崩壊させた1109年の暗殺
- 【人物編Vol.47】柴田勝家――一度は信長に刃を向けた男、北陸の覇将へ上り詰めるまで
- 【人物編Vol.48】源義光――武田氏・佐竹氏へつながった「新羅三郎」の光と影
- 【戦い・事件編】大蔵合戦――15歳の「悪源太」義平、叔父・義賢を討つ
- 【戦い・事件編】保元の乱――勝者となった義朝と清盛 父子・兄弟・叔父甥が殺し合った、京都の四時間
- 【人物編Vol.49】源為義――息子・義朝に処刑された「八幡太郎」の孫
- 【人物編Vol.50】平忠盛――源為義と同い年、なぜ平氏だけが出世できたのか?
- 【戦い・事件編】平治の乱――源義朝はなぜ平清盛に敗れたのか?
- 【人物編Vol.51】源義朝――平治の乱で平清盛に敗れた、頼朝の父
- 【人物編Vol.52】源義平――15歳で叔父を討ち、20歳で平清盛を狙った「悪源太」
- 【戦い・事件編】鹿ケ谷の陰謀――密議、裏切り、処刑――平清盛への反乱計画
- 【人物編Vol.53】平重盛――「忠か、孝か」父・清盛に逆らった平氏の嫡男
- 【戦い・事件編】治承三年の政変――平清盛と後白河法皇、20年の協力関係が崩壊
- 【戦い・事件編】以仁王の挙兵――77歳の源頼政、宇治橋で平氏に挑む
- 【人物編Vol.54】中川清秀――荒木村重を見限り、秀吉に賭け、賤ヶ岳に散った茨木城主
- 【人物編Vol.54】源頼政――平清盛の時代を生き抜いた77歳の老将は、なぜ最後に平氏を裏切ったのか?
- 【人物編Vol.55】以仁王――親王になれなかった皇子が、平氏追討の火をつけるまで
- 【戦い・事件編】福原遷都――わずか半年で終わった、平清盛「海の都」の計画
- 【人物編Vol.56】平清盛――武士で初めて太政大臣となった男が築いた「平氏の時代」
- 【戦い・事件編】石橋山の戦い――20年耐えた源頼朝、最初の挙兵はなぜ大敗したのか?
- 【戦い・事件編】富士川の戦い――石橋山で大敗した頼朝、平家追討軍と本格的な初戦
- 【戦い・事件編】金砂城の戦い――平氏を追わず「坂東平定」へ、源頼朝が佐竹氏を攻める
- 【戦い・事件編】南都焼討――平重衡、東大寺と興福寺を焼く
- 【戦い・事件編】小牧・長久手の戦い(前編)――秀吉と家康、天下をめぐり小牧山で対峙する
- 【戦い・事件編】小牧・長久手の戦い(後編)――家康の追撃、森長可・池田恒興を討つ
- 【戦い・事件編】墨俣川の戦い――源行家の大敗と義円の死
- 【戦い・事件編】横田河原の戦い――木曾義仲、越後の大軍を破る
- 【戦い・事件編】火打城の戦い――内通で崩れた、木曾義仲の北陸防衛線
- 【戦い・事件編】倶利伽羅峠の戦い――木曾義仲、平氏の大軍を砺波山で破る
- 【人物編Vol.57】池田恒興――信長の乳兄弟、長久手で家康に挑んだ最期
- 【人物編Vol.58】森長可――27歳で長久手に散った猛将「鬼武蔵」
- 【戦い・事件編】篠原の戦い――平氏軍、北陸で崩壊 斎藤実盛の最期
- 【戦い・事件編】平氏の都落ち――安徳天皇と三種の神器を連れ、京都を去った平家一門
- 【戦い・事件編】水島の戦い――日食で空が暗転、都落ちした平氏が木曾義仲軍を破った海戦
- 【人物編 Vol.59】織田信雄――なぜ『無能な信長の次男』と呼ばれたのか? 小牧・長久手から晩年まで
- 【戦い・事件編】室山の戦い――源行家はなぜ大敗した?平氏2万騎「五段構え」の包囲戦
- 【戦い・事件編】法住寺合戦――木曾義仲はなぜ後白河法皇を襲ったのか? 1183年、院御所を焼いた京都決戦
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